拉致監禁時の警察の対応

浜田議員が倉敷とご縁があるとのことですので、そこに特化した体験談をお伝えしたいと思います。

30年以上前にワンルームマンションに拉致監禁された。

窓と玄関ドアにはチェーンが巻かれ、南京錠がかけられ、南京錠の鍵は父親が首からぶら下げていた。

監禁は親戚ぐるみで行ったらしい。

母親が親戚に協力してもらえるよう頭を下げて回ったそうだ。

全て反対派のマニュアル通り。 両親と3人で24時間狭い部屋で同居が始まり、やがて牧師が来て教会に対するあらゆる批判を繰り返し、狭い部屋で批判と24時間親の監視体制。

気が変になりそうだった。

ある日仮病を使って逃げる計画を実行。

逃げる為には大きな道路に面している総合病院、川崎医科大学病院を指定した。

両親と妹が同行。失敗したら2度と逃げられない。隙を見て正面玄関へ一目散に走り、待機しているタクシーに飛び乗って「お願い、直ぐ出して下さい!」と必死で懇願しても、追いかけて来る父を見た運転手は戸惑い、結局父に捕まった。

治療中も”助けて下さい!私は拉致監禁されています!と医者や看護師に必死で叫び続けたが、無反応。廊下の患者らからも精神疾患の患者と思われたのか白い目で見られただけ。

病院内で大声で叫ぶことが恥ずかしくないはずが無い。

でもそれしか手段が無かった。 診察後「ただ事では無さそうだから」と、病院側から刑事2人が呼ばれた。

これで助かった!と安堵したのも束の間「親が一緒にいて何が監禁だ!親から離れていた期間を一緒に住んで償え!」と刑事から恫喝されて終わり。 警察のお墨付きで、再び父の車に乗せられ拉致監禁のマンションに向かう道中、目の前が真っ暗になり、”誰も助けてくれない”あの絶望感は今も忘れられない。

“保護・説得”反対派に教育された親もそう言っていた。

2年近く監禁され、トイレに行かせてもらえず、部屋の隅におまる(簡易トイレ?)を置かれた女性もいた。

脱会させる為には手段を選ばない脱会屋やキリスト教牧師、反対派に味方する警察。牧師が、反社会的団体である統一教会を潰す為には経済的ダメージを与えるしか無い、何年も前に購入した商品でも返金をしてもらえるから、と弁護士も紹介された。

反社会的団体であるとレッテルを貼り、自分の家族がこのような目に遭っても保護・説得と言うでしょうか? 私には恐怖と絶望の拉致監禁でしか無かった。

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